それから、私たちは自然と距離ができて、あんなにも毎日会っていたのに、お互いを見て見ぬふりをした。 そんな日が続いて、どう考えても私があんなことを言わなかったらってずっと後悔していた。だから謝ろうと思って、海斗がいる図書館に行ったけれど、海斗はいなかった。 次の日、海斗がいるはずの教室に行ってみたけれど、彼の席は誰も使っていない様子だった。「あの、すみません。龍ヶ崎先輩はどうしたんですか?」 海斗のクラスの先輩に声をかけてみたら「ああ。あいつ、引っ越したよ。親の仕事の関係だって。海外へ行ったっぽいけど。キミ、あいつとよく一緒に居た子だよね?聞いてないの?」 引っ越し?海外?放課後、勇気を出して海斗の家に行ってみたけれど、そこにはもう誰もいなかった。 私がもっと早く謝れば、普通に話せる男女くらいの関係になっていたんだろうか。 海斗は私が生きてきた中で、謝りたい人だったんだ。・・・・・・・・・・・・・・・・「くるみは俺のことを変えてくれた。クラスに馴染めなくて、図書館にこもっていた俺に普通に話しかけてくれて。それから段々とクラスでもコミュニケーションを取れるようになったんだ。クラスマッチでバスケに出てた時、頑張れって大声で叫んでくれただろ?実は、あれはマジで嬉しかった」 当時はそんなこと海斗の口から聞いたことはなかったし、新鮮だった。 それから昔の話や今でも当時のゲームや漫画が好きなこと、いろんなことを彼の口から聞けた。「今ではあの大手企業から出向されて部長だなんて。すごいね、海斗は」「いや、そんなことないよ。親父のコネだってバカにされている」 そういえば、海斗のお父さんってどこかのお偉いさんなのかな。仕事で海外に行くくらいだ。「ううん。残業した時の海斗の仕事の早さ、すごくかっこ良かったよ。なんか、部長って感じだった」「なんだよ、それ」 ハハっと笑ってくれた顔は当時の面影が残っている。 またこうやって普通に話せる日がくるなんて思ってもいなかった。 照れくさくて、お酒を飲むペースがいつもより早い気がする。 その時、私のスマホが鳴っていることに気づいた。 相手を見る、大和だ。 電話だ、なんだろう。
ああ、どうしよう。 高校生の時のように、普通に話しても良いのだろうか。 私の気持ちが伝わってか「今はプライベートだから。楽に話していいよ。俺も昔みたいに話すから」 フッと彼が微笑んでくれて、心がスッと楽になった。「
彼の後ろを歩き、店員さんに誘導されるまま、お店の中を進む。 会員制かもしれない。 お店のシステムがわからないが、芸能人とかがよく使っていそうな感じの雰囲気だ。 個室に入り、メニュー表を渡された。 えええええっ。こんなにするの? 目が点になる。 ドリンク一杯でも、時給くらいする。「雨宮さんはお酒は飲めますか?」「えっ、ああ。はい」「ビールでいいですか?」「はい」 今日はお酒なんて飲むつもりじゃなかったのに。 いや、こういう時こそお酒の力をかりた方がいいのかな。「何か食べたいものがあったら、遠慮なく頼んでください。とりあえず、僕のオススメでいいですか?」 こんな高いもの、頼めないよ。「はい」 さっきから私は<はい>しかまともな返事をしていない。 緊張している中、部長が何品か注文をしてくれ、先に飲み物が運ばれる。「お疲れ様です」「お疲れ様です」 グラスとグラスがぶつかり、カチンと音がする。 一口飲むが、こんな雰囲気のためか美味しいと感じられなかった。 せっかく時間を作ってくれたんだ、私から切り出さなきゃ。「あの、部長!」「はい」 彼の顔を真っすぐ見ることができなくて、机に向かって話しかけていた。 いや、こんなのダメだ。「私、高校時代に部長と仲良くさせてもらっていた雨宮くるみです。覚えていますか?」 きちんと目を合わせたつもりだったが、言葉が続いていくうちにどんどん下を向いてしまった。 部長の返事がない。 私のことなんて覚えていないよね。 約十年くらい前のことだ。でも――。「私、十年前に龍ヶ崎部長に失礼なことを言ってしまって。ずっと謝りたかったんです。本当にごめんなさい」 なんのことを言っているのか、彼はわからないかもしれない。 けれど、心の奥底で引っかかっていた。 あの時、私があんなことを言わなければ、二人の関係はもっと良いものになっていたのかもしれない。 部長の表情はあまり変らなかった。 彼の考えていることが読めない。「ごめんなさい」 私は謝ることしかできなかった。「
「ねぇ。大和さん!今日から泊まりに行っても良い?」 彼女はギュッと彼の腰に腕を回した。彼は抱きしめ返すも「うーん。まだあいつが荷物とか取りに来るかもしれないからな。もう少し落ち着いてからにしようか。なんか婚約破棄の慰謝料とか騒いでたし」 曖昧な返事で返した。「どうして慰謝料なんてことになるの?」「えっと……。実は……」 彼《大和》は昨日のことを彼女に話し、相手はまだわかっていないようだが、浮気がバレたことを伝えた。「大和さんのバカ!萌は慰謝料なんか払わないからね」「わかっているよ。俺だって払いたくない。そんな金あったら、萌とどこか遊びに行きたい」<この人は萌のもの。いつかは飽きるんだろうけど、くるみ《あの女》から奪えたことが楽しい。龍ヶ崎部長、ムカついたけど、イケメンだったな。他の男とはレベチって感じ。指輪してなかったし、フリーなのかな。ちょっと興味出てきた> 彼の胸に抱かれながらも、違う男性のことを考えている彼女がいた。・・・・・・・・・・・・・・・・ もうすぐ約束の十九時だ。 なんかソワソワしちゃうな。 はじめてのデートで相手を待っているみたい。そんな感覚。 部長との約束の時間、今朝指示をされた通りに西側の社員通用口で待っていた。 すると、目の前の道路に一台のタクシーが泊まった。 あ、部長だ。「すみません。お待たせしました。雨宮さん、一緒にこのタクシーに乗ってください」 えっ、てっきり近くのカフェで話をするのかと思っていたのに。「はい」 今の私には帰るところもない。 彼の指示に従い、一緒にタクシーに乗った。「僕と二人きりで一緒にいるところを見られたら、嫌な思いをさせるかと思って。まだ就任して二日ですから。他の社員に疑問を持たれたら面倒ですからね」 ああ、そういうことか。ていうか、部長に気を遣わせちゃったな。「すみません。私が相談をしておいて。気を遣わせてしまって」「いえ。僕も雨宮さんと話をしたかったので」「えっ」 やっぱり、部長は気づいているの? タクシーの中で過去のことを話す気にはならなかったし、それ以上部長も何も話してはこなかった。 タクシーが目的地に到着したみたいだ。「ここから少しだけ歩きます」 軽い説明のあと、一、二分歩いた先に、私一人ではとても来ることがないような高級そうな和食のお店が
「私が……。悪いんです……」 グスグスと彼女は泣き始めた。「ちょっと、雨宮さん。強く注意しすぎなんじゃないかな。困った時はお互いさまだろ。後輩の教育もキミの仕事じゃないか」 主任は私を責めた。「申し訳ございません」 とてもじゃないが、心からの謝罪じゃなかった。 この場を納めるには、私が謝るのが一番早い。主任じゃ、私の話なんて聞いてくれるわけない。「このことは、俺が上に報告しておくから」 報告って、私、そんな悪いことした? 悔しい。 昨日の大和のこともあり、私まで泣きたくなってきた。「その必要はありません」 私の目頭が熱くなった瞬間、龍ヶ崎部長がすぐ近くに立っていた。「上に報告する必要はありません。僕が直接聞いていましたから」「そうですか。それは良かったです」 部長が近くにいることがわからなかったのか、主任はあははと気まずそうに笑っている。「僕も昨日、資料作りを手伝いました。なので、内容は知っています」「えっ」 吉田さんが声を漏らしたのが聞こえた。「確かに言い方は少しきつかったかもしれませんが、雨宮さんの言いたいことは作業をしていた僕も理解しています。どうしてあんな内容になったのか、理由を聞きたいので、あとで吉田さんは会議室に来てくれませんか?」「あっ。えっ、わかりました」 部長の指示、彼女はYESと返事をするしかないようだ。「始業時間を過ぎました。何か言いたいことがあれば、直接僕に言ってください」 あれ、龍ヶ崎部長ってこんなに頼りになる人だったっけ。私の知っている彼はもっと――。「雨宮さん、このまま僕の席に来てください」 私も当然呼び出されるよね。「はい」 部長の後ろについていくと、部長は一つイスを持ってきてくれ座ってくださいと言った。「昨日の資料、確認しましたが問題ありませんでした。お疲れさまでした」 えっ、もう見てくれたの? すると彼は小声で「気持ちはわかります。僕から吉田さんには注意をしておきますので、感情は抑えてください」 そう伝えてくれた。 てっきり注意されると思ったのに。「あと、ここなんですが……」 部長が指でパソコンを指すと<19時に西側の社員通用口に来てください。話をしましょう>文章が書かれていた。「は……い」 私が返事をすると、先ほどとは違い、彼は優しく微笑んでくれた。・
「好きな子がいるなら、最初からそう言えばいいじゃない!?これは婚約破棄なんだから、責任とってよね。慰謝料と親への説明はあなたがしてよ!」 自分の感情が抑えられず、冷静でいられない。「はっ?どうしてお前なんかに慰謝料払わなきゃいけないんだよ。結婚、結婚って、勝手に話を進めていたのはお前だろ?」 お金の話になると彼は苛立ち、枕を投げてきた。私の体に当たり、床に落ちる。「マジうぜー。もう一緒に住みたくもない。今日から出てけよ。このマンション、俺の名義だろ。顔も見たくないんだよ」「言われなくても出てくわよ!私だって知らない女と寝た部屋でなんか、過ごしたくない!」 怒りに任せ、適当に荷物をまとめた。 キャリーバッグに思いついたものを詰める。 玄関で靴を履くも、大和はそれ以上何も言ってこなかった。 一瞬「引き止めてくれないの?」 そんなことを思ってしまったが、私はそのまま家を飛び出した。 次の日――。「おはよう。大丈夫?顔色悪いけど」 社内で親友の由紀に会った。 昨日私はビジネスホテルに泊まり、電話で彼女には事情を説明して愚痴を聞いてもらった。「大丈夫。寝不足なだけ」 今日は昨日の資料のこともあったし、会社を休むわけにはいかなかった。あれから大和からは連絡もない。「狭いし、汚いけど、今日はうちに泊まる?」「ううん。大丈夫。とりあえず、二泊三日でビジホ、予約とれてるから」 由紀に迷惑はかけたくない。一人で考えなきゃいけないこともある。「なんかできることあったら言ってよ。今日の夜、飲みに行く?明日、休みだし」「今日の夜は……」 そうだ、今日は就業後に龍ヶ崎部長と会う予定だった。「ごめん。いろいろ考えたいこともあって。また電話だけしてもいい?」 龍ヶ崎部長とのことは、きちんと区切りがついたら由紀には話そう。「うん。無理しないで。電話待っているから」 支えてくれる友達がいて良かった。今の私には救いだ。 業務前、自席に座っていると「雨宮先輩、昨日はありがとうございました!」 吉田さんが話しかけてきた。 ニコッと笑っている彼女には申し訳ないけれど「いや、困った時はお互いさまだけど。せめて簡単な引継ぎくらいはしてくれるかな。一からの確認作業だったし、それと、かなりミスが多かったよ。あなた一人が残業してなんとかできるレベルじゃなか